polta 2017 #025
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編集後記0.1%、これは不特定の読者アンケートが戻ってくる一般的な比率です。PORTAはどうでしょう。なんと0.4%、4倍です。しかも、PORTAには返信用はがきがついていないのに。PORTAは23号から大幅にリニューアルしましたが、多くの皆様からご意見を頂いています。これからも、皆さんの心に響く冊子づくりをめざしますので、ご愛読のほどお願いします。(長寿社会開発センター 薬師寺清幸)平成29年3月15日発行企画・発行:一般財団法人長寿社会開発センター〒105-8446 東京都港区西新橋3-3-1KDX西新橋ビル6F TEL 03-5470-6753FAX 03-5470-6763 http://www.nenrin.or.jp/編集協力:株式会社ソーシャルサービス デザイン・表紙立体イラスト:うちだともこ表紙撮影:三ツ谷光久 目次大人の鼓動駅弁がつなぐ地域の絆葛飾北斎の作品と生涯が見て、触れて、実感できる「すみだ北斎美術館」はがき裏面にご希望のプレゼントと下記❶〜❸の設問に対する回答を明記のうえ、投函してください。応募者の中から抽選で5名様にプレゼントを差し上げます。当選者の発表はプレゼントの発送をもってかえさせていただきます。アンケートに答えてプレゼントをもらいましょう!応募先〒100-0013東京都千代田区霞が関3-6-5 霞が関三丁目ビルPORTA編集部株式会社ソーシャルサービス「プレゼント係」【個人情報の取り扱いについて】ご記入いただいた個人情報は、厳重に管理、保管し、編集の参考以外の目的には使用いたしません。編集部からお知らせがいく場合がございます。ご理解のうえ、ご応募ください。「PORTA」の編集は(株)ソーシャルサービスが行っており、詳しくは(株)ソーシャルサービスのプライバシーポリシーをご覧ください。脳トレクイズ:答え応募方法応募締切:5月31日(水)※当日消印有効❶ 今月号の「PORTA」の記事の中でよかった企画名とその理由をお書き下さい。❷ 今後取り上げてほしいテーマや「PORTA」へのご感想がありましたら お書き下さい。❸ お名前(フリガナ)、郵便番号、住所、電話番号、年齢、 性別をご記入ください。すみだ北斎美術館「オリジナルグッズ詰め合わせ」Ⓐ本誌p10で紹介した「すみだ北斎美術館」のオリジナルグッズの詰め合わせです。葛飾北斎の本、ブックマーク、手ぬぐいほか。2名御菓子所「まつ月」「眠り柿 ずくし」Ⓑ本誌p2で紹介した「まつ月」の柿ようかん。高松宮殿下への献上品として有名。干し柿の上品な旨味とコクを凝縮した逸品です。3名脳トレクイズに挑戦アンケート&プレゼント【問1】【問2】① 温故知新② 意気投合③ 理路整然「ありがとう」の笑顔が嬉しいおもちゃドクター&ナース特集 2シニア世代に向けたヤマハの「青春ポップス」特集 3今どきシニアと企業の新しい関係特集 1菓子作りにこだわり続けて60年「今も自然の恵みを菓子にできるのは、何ものにも代え難い私の幸せです」「60歳という年齢から、経済面や健康面で不安を感じるのが当然かもしれませんが、私にはマイナス思考はないんです」菓子職人の厳しかった父と、やさしかった母、妹の4人で撮った家族写真。名古屋にある和菓子の名店「不老園」へ修行に出た頃の貴重な一枚 「こんな山奥まで来てくださりありがとうございます」と笑顔で迎えてくれた松井秀夫さん。毎日菓子作りに専念し、店頭には一切出ないという松井さんだが、凛とした空気が流れる店内で真っ白な作業着を身にまとい、和やかな表情で話してくれる姿が印象的だ。 「松井家3代目友吉が安政2年12月に菓子製造業を開業したのがこの店の始まりです。5代目の父より『おまえは奉公に出て、この店を継ぐのだぞ』と、幼い頃からこんこんと言われたものです」  18歳になった松井さんは実家を離れ、名古屋の名店「不老園」へ修業に入った。 「修業時代は師匠や先輩に何度もいじめられ、何度も泣きました。当時往復ビンタは当たり前です。蹴られることもありましたがね、歯をくいしばって負けるものかと修業を続けたものです」 そして厳しい修業を終えた松井さんは、実家へ戻ることに。家に帰ってからも、師匠である父親からの厳しい教えが容赦なく続いたのだそう。 「当時は本当にきつかったです。将来この家業で生きていくわけですから仕方ありません。でもこの厳しい修業が、今でも現役でいられる糧になるとは、思いもよりませんでした」と、笑顔で松井さんは振り返る。厳しい修業のおかげでこの道60年の今がある「周囲の人に『なんであんなに厳しくするんだ』と言われるぐらい父は厳しかったのですが、今となってはその苦しさが自分にとって良かったと、心から思います」雪が積もる山の中で原料のわらびの根を掘り起こす松井さん。自然に感謝しながら大変な作業を続けてきた祖父の代から本わらび餅を作るために使われていた鉄鍋。「約100年も前のものです」と見せてくれた約300年前、塩の道で栄えた中馬街道・足助で塩問屋を営んだ、松井家の歴史を刻む古文書を所有

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